Wednesday, June 1, 2016

感情の中の感情の瞑想

感情の中の感情の瞑想」に関する次のティク・ナット・ハンのビデオを 1:09:08  ~ 1:11:27 迄ご覧下さい。


以下は抜粋です。

引用:
第二の領域、第二の瞑想対象は、あなたの「感情」です。ところで、からのルーツ(根源)を持つ感情があります。それから、あなたの知覚ルーツ(根源)を持つ感情があります。あなたの誤った知覚は多くの苦痛を伴う感情をあなたにもたらすかもしれません。

(5. 喜びを発生させる)
(6. 幸せを発生させる)
そこで、感情の領域において、仏陀は快感、喜びの気持ちを発生させる方法である第五の実習を提案しました。そして、第六の実習は幸せを発生させることです。

(7. 苦痛を伴う感情に気付く)
(8. 苦痛を伴う感情を静める)
私たちが既に知っている第七の実習は、苦痛の感情と一緒にそこに居ることです。息を吸って、私は私の中の苦痛を伴う感情に気付いています。息を吐いて、私は私の中の苦痛を伴う感情を抱きしめます。それが、良い実践者がすべきことです。良い実践者は、自分の苦痛から逃げることを求めはしません。良い実践者は、苦痛を認識し、思いやりを持って優しく抱擁するために、マインドフルネスと集中のエネルギーを発生させる方法を知っています。どうしてでしょうか?なぜなら、そうすることにより、苦痛を静めることができるからです。そして、それが第八の実習です。それは非常に実用的です。それは非常に実践的です。
:引用終わり

(解説)
目覚めた意識を復活させるのに吸う一息で十分だと、私は理解しています。そしてもし、目覚めた意識が復活したなら、目覚めた意識は生命の奇蹟に触れることができますので、自動的に喜びと幸せが発生するでしょう。ですから、第五及び第六の実習は、実際には第一及び第二の実習の効果です。それに加えて、目覚めた意識は自分の内面と周囲で何が起こっているのかを認識することができます。この意味で、時系列的には、第五及び第六の実習は、第三及び第四の実習でなければなりません。しかし、領域的には、呼吸に属し、喜びと幸せ感情に属します。ですから、仏陀は第五及び第六の実習として喜びと幸福の順序を並び替えたのではないか、と私は推測するのです。とにかく、第一及び第二の実習によって目覚めた意識を復活させることなしでは、残りの14実習が可能ではなくなります。それ故に、第一及び第二の実習が最も重要なのです。言い換えれば、全てはマインドフルネスから始まるということです。

第七及び第八の実習は、第三及び第四の実習に非常に類似しています。認識すること静めることは同じです。唯一の違いは、第三及び第四の実習は体の世話をし、第七及び第八の実習は感情の世話をするということです。

(参考)http://www.amazon.co.jp/dp/B012YZBHHS
http://compassion5151.blogspot.jp/2016/04/blog-post_26.html

ティク・ナット・ハン