Tuesday, January 31, 2017

思考 (4)

次の「私たちの思考を気遣う」というティク・ナット・ハンの法話ビデオを深くご覧ください。 
https://www.facebook.com/thichnhathanh/videos/vb.7691064634/10154446854299635/?type=2&theater
以下は上記ビデオからの抜粋です。

引用:
(-33:35~)
自分自身の中に、抑うつの領域、地獄の領域があります。そして、私たちの否定的な思考や感情は、これらの領域から飛び出します。しかし、自分自身の中には、神の王国の領域があり、仏陀の浄土の領域があることを、私たちは知っています。 私たちの中には、思いやりと智慧の強力な種子があります。もし、それらの種子にチャンスを与えれば、私たちを救助するためにやって来るでしょう。

思いやりと智慧の種子は、私たちの思考を認識する力を持っています。それらは私たちの気持ち、感情、知覚を認識する力を持っています。私たちは感情や知覚を抑える必要はありませんが、あるがままのそれらを見て、認識するために、時間と空間を持ちたいです。これが基本的な実践です。それをするためには、私たちは今、ここに居るために存在し続けなければなりません。非常に頻繁に私たちの体はそこに居ますが、私たちの心は他の場所に居ます。すると、私たちの子供たちは、私たちが本当に存在しているとは感じません。

私たちが家に帰るなら、家の中の誰かに会いたいです。あなたは「誰か家に居ますか?」と問いかけます。そして、誰かが「はい」と言ったなら、あなたは幸せになります。あなたは誰もいない家に行きたくはないからです。しかし、非常に頻繁に私たちは自分(本当の自分)なしで、自分自身(エゴ)を生きています。私たちは家に居ません。私たちは、自分の思考心配プロジェクト不安恐れの中に自分を見失っています。私たちは完全に迷子です。私たちは何が起こっているのかを知るために、そこに居ません。ですから、仏陀が私たちに提供してくれた実践は、自動操縦されることではなく、意識的な呼吸、即ちマインドフルな生き方の実践なのです。 

もし、あなたに抑うつがあるなら、または抑うつに逆戻りすることを恐れているなら、これ(意識的な呼吸、マインドフルな生き方の実践)が抜け道です。もし、あなた(本当の自分)存在し続けることができるなら、そしてあなたの抑うつの原因となっている悪感情や思考のようなものを特定できるなら、自由になれます。この種の思考、この種の感情が、再発を引き起こすことを、あなたは知ります。それが癒しの始まりであり、あなたの自由の始まりです。

そこに居て、あなたの思考、あなたの感情に気付くこと。あなた(目覚めた意識)があなたの体の中で得る感情、あなたが何かを覚えている時に得る感情には、あなたが恐れることはありません。もし、あなたが本当にそこに居るなら、困難な題材が去る前に、それをあなたが認識するために、それがやって来ることを許可できます。そして、あなたは素晴らしい題材を認識するために、それがやって来るように招待するための何かをできます。そして、あなたが処理する必要がある文書を手に入れるのを助けるために、これらの素晴らしい心の題材にあなたと一緒に居るように依頼したいかもしれません。

神の王国は考えではありません。それは現実です。私たちがマインドフルである度に、私たちが集中している度に、私たちが少々の自由を得る度に、私たちの変容と癒しのため、神の王国に通ずることができます。もちろん今、この瞬間に地獄がありますが、神の王国もまた今、この瞬間にあります。そして、私たちは二つの間で(地獄か神の王国かを)選択する必要があります。
:引用終わり

(つづく)

(解説)
全ては私たちが誰であるかに依存します。私たちは住む所として地獄神の王国を選択できます。しかし、私たちがエゴであるなら、私たちの内面と周囲で起こっていることを認識できません。ですから、エゴは選択肢があることを知らずに、地獄に住んでいます。それ故に、私たちは苦しみの根本原因の洞察を通して思考を停止することによって、本当の自分に戻る必要があるのです。

(参考)http://www.slideshare.net/compassion5151/3-46874436

ティク・ナット・ハン

Sunday, January 29, 2017

正思惟(正しい思考)

次のシスター・ジーナによる正思惟(正しい思考)に関する法話を深くご覧ください。


以下は上記ビデオからの抜粋です。

(27:03~)
正思惟(正しい思考)とは、正見(正しい見方)を意味します。私たちの思考は私たちの見方から来ています。そして、正見(正しい見方)とは、全ての物事の相互依存の性質を理解すること、つまり全ての物事の無常の性質と無我の性質を理解すること、自己は自己以外の要素からできていること(無我)を理解することです。

(53:22)
正思惟(正しい思考)とは、無常(「空」の時間的側面)に気付くことでもあります。私が思考に補足された時に使う一文があります。「このように物事は永遠に続くだろう。(このまま何も変わらない)」私が困難な状況に直面している時、私は自分自身に「これもまた過ぎ去るでしょう。(こんなことは続かない)」と言います。すると、この言葉は私にエネルギーをくれます。私はもはや絶望して自分を見失うことはありません

(55:31)
正思惟(正しい思考)とは、無我(「空」の空間的側面)の表現でもあります。幸福は個々人の問題ではないということを知ること。私の姉妹が幸せでない時に、私はどんなに頑張っても幸せになれません。どうやら、姉妹の痛みは、私がそれを受け入れたくないとしても、私の痛みなのです。私の経験では、私は本当に幸せになれないのです。

(59:41)
4つの自問(ティク・ナット・ハンの教え):
1)確かですか?
2)私は何してるの?
3)やあ、習慣エネルギー(癖)!
4)愛の心、理解と思いやりを育みたいという深い願望を発生させること

(1:13:27)
私が何をしていても、私の身体行動は常に私の心を私の体へ戻します。そして、自分が非常に興奮した思考に心を奪われていることに気付く時、(最終的には、そんなに興奮すべきものでは全くないのですが)、私はそれを手放し、心を体に連れ戻すという私の訓練に戻ることができます。そのようにして、私たちは成長します。あなたは非常に適切な注意力を要します。すると、全てのものの無我と無常の性質を理解するために、私たちは深く観るための平和と穏やかさを手に入れます。それが正思惟(正しい思考)です。ですから、まずは日常の思考に気付く実践から始めましょう。それが正思惟(正しい思考)への扉かもしれません。

(解説)
「正思惟(正しい思考)とは、正見(正しい見方)を意味します」は、良い表現です。なぜなら、これは非思考によって可能であるからです。【即ち、正見(正しい見方)⇒(非思考)⇒正語(正しい言葉)と正業(正しい行動)】 言い換えれば、正思惟(正しい思考)は、非思考を意味します。ですから、正見(正しい見方)が思考プロセスを経ることなく、正語(正しい言葉)と正業(正しい行動)の基盤に直接なることができるのです。従って、(My commentary)正見(正しい見方)は、感情知覚を経由することなく、感覚に直結しなければなりません。

正見(正しい見方)とは、洞察(理解)を意味します。私たちがマインドフル集中している場合にのみ、洞察を得ることができます。言い換えれば、思考を停止することによって本当の自分に戻る場合にのみ、私たちは深く観ることによって正見(正しい見方)を得ることができるということです。以下が全体像です。

思考を停止する 本当の自分に戻る マインドフルネス 深く観る(集中) 洞察(理解) 愛と思いやり 変容 平和 喜びと幸せ

(参考)http://www.slideshare.net/compassion5151/ss-62242338

洞察のイメージ

Saturday, January 28, 2017

Right Thinking

Watch deeply to the following Dharma talk about Right Thinking by Sister Jina.


The followings are excerpts.

(27:03~)
Right Thinking means Right View. Our thinking comes from our view. And Right View means seeing the interbeing nature of all that is, seeing the impermanent nature and non-self nature of all that is, seeing that self is made of non-self elements

(53:22)
Right Thinking is also being aware of impermanence. There is a sentence that I use when I get caught into thinking. "The things are going to stay like this forever." When I find myself in a situation that I find difficult, I tell myself, "This too will pass." And this gives me energy. I'm no longer lost in despair

(55:31)
Right Thinking is also an expression of non-self. To know that happiness is not an individual matter. When my sister is not happy, I can not be happy however hard I try. Somehow, her pain is my pain although I don't want to accept that. But my experience is that I can not be really happy. 

(59:41)
4 questions to ask to ourselves (given by Thay):
1) Are you sure?
2) What am I doing?
3) Hello, habit energy!
4) To generate the mind of love, the deep wish to cultivate the understanding and compassion

(1:13:27)
Whatever I'm doing, my physical actions always bring my mind back to my body. And when I find myself being carried away by some very exciting thought, (but in the end it's not so exciting at all), I can let it go and come back to my training to bring the mind home to the body. In that way, we develop. You need so appropriate attention. And we will have peace and calm to look deeply to see the non-self and impermanent nature of all that is. That is Right Thinking. So, let's start by practicing becoming aware of our daily thinking. That may be the door to Right Thinking.

(My commentary)
"Right Thinking means Right View." is a good expression. That's because this is possible through non-thinking. (Namely, Right View ⇒ (non-thinking) ⇒ Right Speech and Right Action) In other words, Right Thinking means non-thinking. That's why Right View can be directly the basis of Right Speech and Right Action, without passing through Thinking process. So, Right View must be directly linked to the senses without passing through feelings and perceptions.

Right View means insight (understanding). Only if we are mindful and concentrated, we can attain insight. In other words, only if we return to our true self by stopping thinking, we can attain Right View (insight) by looking deeply (concentration). The following is the whole picture. 

stop thinkingreturn to true selfmindfulnesslook deeply (concentration)insight (understanding)love and compassion  transformationpeacejoy and happiness

(Cf.) http://www.slideshare.net/compassion5151/walking-meditation-62204227

Image of insight

Thursday, January 26, 2017

思考 (3)

次の「私たちの思考を気遣う」というティク・ナット・ハンの法話ビデオを深くご覧ください。 
https://www.facebook.com/thichnhathanh/videos/vb.7691064634/10154446854299635/?type=2&theater
以下は上記ビデオからの抜粋です。

引用:
(-42:15~)
私たちは自分の心が快適なものを追いかけ不快なものを避けようとするのをよく許容してきました。すると、私たちの思考は、思考のその習慣、そのパターンに従います。 そして、これらのパターンは、快適なものを追い求め、フォローし、探し求め、不快なものから逃げようとし、避けようとする原則に従います。そのため、私たちは全ての自由を失います。私たちは追いかけており、避けていますので、自分が何かを追いかけており、何かを避けようとしていることを知らないからです。 私たちは、自分の思考、感情、知覚に心を奪われているのです。

(-40:30~)
自動操縦の飛行機を想像してみてください。飛行機に人は必要ありません。飛行機は目的地までとても上手く行くことができ、やるべきことをすることができます。そして、飛行機には人間はいません。非常に頻繁に私たちはそのように行動します。私たちは自動操縦をしています。何が起こっているかを目撃するために、私たちはそこにいません。そして、仏陀が提案した実践は、真に生きるためにそこに居ること、存在し続けることです。あなたが本当にそこに居て、本当に存在する時、同時に完全に生きることができます。あなたは何が起こっているかを知ります。そして、あなたはそれぞれの思考の価値、それぞれの感情の価値、それぞれの知覚の価値を知ります。

あなた自身の中には発見されていない領域があることを、あなたは知っていますあなたは心を奪われるのをあなた自身に許可してはなりません。あなたはあなた自身になりたいのです。あなたは自動操縦になりたくないです。あなたはあなた自身でそこに居たいのです。そして、思考が生じる度に、感情が生じる度に、その状況をコントロールするためにあなたはそこにいたいのです。あなたは心を奪われたくありません。あなたはあなた自身があなたの思考に微笑み、あなたの気持ちに微笑み、あなたの感情に微笑むことを許可します。あなたはその思考、感情、知覚に対してどちらの方向にも反応したくありません。なぜなら、その生じた気持ち、感情、思考に対してあなたを即座に反応させようとしているのは、あなたの中の習慣エネルギー(癖)だからです。これは非常に重要です。

あなたは自分自身に次のように言ってください。「ええと、これは思考だ。これは気持ちだ。これは感情だ。私はそれらが私の中にあることを知っているけれど、私はその思考だけ、その気持ちだけ、その感情だけではない。私はそれよりはるかに大きな存在だ。私は自分の中に理解、思いやり、愛、智慧という宝物を持っている。私が整理し、解決するのを助けるために、正しい道に向かうのを助けるために、これらの要素にやって来てほしい。」

あなた自身(目覚めた意識、本当の自分)に息を吸い込んで、吐き出す時間を与えてください。行動を起こすために急いで反応しないでください。なぜあなたは息を吸って、吐いているのですか?あなたは、あなた自身の中の素晴らしい、肯定的な要素に介入するチャンスを与えているのです。内部にはコンピューターがあります。そして、コンピュータには多くの力があり、これらの力を活用するためのノウハウをあなたに与えます。あなたは状況を変容することができます。あなたは、多くの光、多くの喜び、多くの思いやりをその状況にもたらすことができます。

そこに居ることによって、心を奪われてすぐに反応することをあなた自身に許可しないことによって、あなたは物事をよりはっきりと見ることができる別の視点をあなた自身に与えるのです。あなたは、これをしなければならない、あれをしなければならないといった結論へジャンプするために反応するのを急いではいけません。ただ、気付いてください。ただ、状況に気付いて、何が起こっているかに気付いて、あなたの内面と周囲で何が顕現しているかに気付いてください。すると、マインドフルな呼吸、マインドフルな歩行の実践によって、あなたは余裕を持つことができます。その余裕は、肯定的な要素が介入するためのものです。仏陀(本当の自分)にチャンスを与えてください。あなたの中の神の王国、仏陀の王国にチャンスを与えてください。
:引用終わり

(つづく)

(解説)
思考、感情、知覚によって心を奪われるのはエゴ(独立した自己)です。すると、何が起こっているかを目撃できる本当の自分(独立していない自己、目覚めた意識)は、エゴによって覆い隠されてしまいます。ですから、本当の自分が覆いを取ってもらえるように、エゴを手放すことが手がかりです。

マインドフルな呼吸とマインドフルな歩行の実践は、肯定的な要素が介入するための余裕(余地)を持つのに有効かもしれません。しかし、マインドフルな呼吸とマインドフルな歩行のためには、エゴが思考を停止することが不可欠です。

そのためには、洞察を通して苦しみの根本原因を理解することが唯一の解決策であると、私は理解しています。その洞察がなければ、私たちは決して思考を停止することはできません。ですから、マインドフルな呼吸とマインドフルな歩行は簡単に聞こえますが、実際に実践するのは非常に難しいです。

苦しみの根本原因の洞察を得るための具体的手法を説いた人は、仏陀ティク・ナット・ハンも含めて)誰もいないと、私は理解しています。苦しみを深く観る前に、エゴは本当の自分を復活させるため、非思考を達成しなければならないのです。

もし、そのような具体的手法が共有されたなら、この地球はすぐに好転するでしょう。私の経験を通して苦しみにうんざりして自分自身を変える決意をすることが鍵であると、私は理解しています。それから、本当の自分とは神、または仏陀であると、私は理解しています。

(参考)http://www.slideshare.net/compassion5151/ss-44812852


Tuesday, January 24, 2017

思考 (2)

次の「私たちの思考を気遣う」というティク・ナット・ハンの法話ビデオを深くご覧ください。 
https://www.facebook.com/thichnhathanh/videos/vb.7691064634/10154446854299635/?type=2&theater
以下は上記ビデオからの抜粋です。

引用:
(-52:03~)
仏陀は正思惟(正しい思考)の実践を提案しました。座禅中や歩行瞑想に、そのようなアイデア思考が生じるかもしれませんが、たとえそれが否定的であったとしても、あなた自身を思考の犠牲にしてはいけません。あなたはただ思考が生じるままにし、思考を認識してください。これで十分です。「これは思考た。この思考はただの思考であり、現実ではない。」(中略)あなたが自分の思考を認識できる時、もはや思考の犠牲者ではありません。あなたはあなた自身(目覚めた意識、本当の自分)です。

(-48:30~)
あなたが理解と愛の方向、即ち正しい思考の方向に向かう思考を生み出すことができるなら、それはあなたの健康(肉体的健康と精神的健康)に明るい効果を及ぼします。正思惟(正しい思考)、それは神の王国の方向へ向かうを思考、理解と愛の方向へ向かう思考ですが、その思考はあなたの精神的、並びに肉体的な健康に直ちに効果を及ぼします。 そして同時に、その思考は世界の健康に効果を及ぼします。

あなたが否定的で、あなたの恐れ怒り「私は何も価値がない。私は何もできない。私の人生は失敗だった」といったような悲観から生まれた思考を生み出す時、その種の思考はあなたの精神的健康と肉体的健康に非常に悪い影響を及ぼします。そして仏陀が提供した実践は、これら否定的思考を抑圧するのではなく、ただそれらに気付くことです。「これは否定的な思考だ。私はそれが認識されるままにしておく」といった風に。

(-46:01~)
あなたが思考を認識できる時、あなたはもはや思考の犠牲者ではありませんので、自由度を高めます。しかし、もしあなたが実践者でないなら、これらの思考にあなたはやっつけられます。 あなたはあなたを抑うつ状態に陥れるであろう否定的な状況を照らし続けます。思考の存在を認識すること、感情の存在を認識することは、非常に重要です。それが瞑想実践者の基本的な実践です。あなたは感情や思考を抑えようとはしてはいけません。あなたの感情や思考に顕現させてあげてください。しかし、あなたがその存在を認識するためには、そこに居なければなりません。その場合、あなたはあなたの自由を育んでいます。

(-44:15~)
私たちの日常生活では、これらの思考や感情現れ、生まれ、留まり、去り、戻るがままにさせておき、その存在を認識できていません。そのため、私たちはこれらの思考や感情の犠牲者になるのです。私たちは感情や思考や知覚の領域で迷ってしまいます。私たちは真に存在していませんので、私たちの思考、感情、知覚の犠牲者になるのです。実践は、何が起こっているのかを目撃し、調べ気付くために、今ここに存在し続けることです。それが自由の実践です。
:引用終わり

(つづく)

(解説)
このティク・ナット・ハンの法話には、二つのバージョンの自己、即ち独立した自己(エゴ)独立していない自己(本当の自分、目覚めた意識)が出てきます。私たちの感情、知覚、思考を認識したり目撃するためには、私たちはまず本当の自分に戻る必要があります。言い換えれば、私たちは最初に思考を止めることによってマインドフルになる必要があるのです。ですから、このティク・ナット・ハンの法話は、今、この瞬間に本当の自分を確立した後に、思考、即ちエゴが復活したという前提になっています。

この悟り(本当の自分に戻ること)は、完全な悟りではなく、一時的な悟りでしたので、この思考、即ちエゴの復活が起こるのです。ですから、パート・タイムの仏陀は、自分の感情、知覚、思考が生じる度にそれらの世話をし続けなければならないのです。絶え間ないマインドフルネスの実践がなければ、パート・タイムの仏陀は再びエゴによって覆い隠されてしまいます。しかしながら、もし私たちが全ての概念の絶滅によって完全な悟りを開いたなら(フルタイムの仏陀になったなら)、再びエゴによって覆い隠されることは決してありません。

(参考)http://www.slideshare.net/compassion5151/3-46874436


Monday, January 23, 2017

思考 (1)

次の「私たちの思考を気遣う」というティク・ナット・ハンの法話ビデオを深くご覧ください。 
https://www.facebook.com/thichnhathanh/videos/vb.7691064634/10154446854299635/?type=2&theater
以下は上記ビデオからの抜粋です。

引用:
(-1:03:25~)
なぜなら、神の王国の本質は、理解と愛だからです。(中略)実践者たちは更なる理解と思いやりを生み出しますので、苦しみが軽減します。彼らは苦しみを思いやり、理解、幸福へ変容することができます。プラム・ビレッジにおける実践は、私たちの日常生活の中で神の王国や仏陀の浄土を体験することです。

もちろん、神の王国はここにあると、私たちは言うことができます。 しかし、それだけでは十分ではありません私たちはその王国が顕現するのを助けなければなりません。そして、マインドフルネス、集中、少々の自由がなければ、私たちはそうすること、つまり王国を顕現させることはできません。神の王国は私たちの大脳皮質の中にあります。 神の王国は私たちの心の中に見つけ出すことがでいきます。そして、もし私たちが自分の大脳皮質の中、つまり私たちの心の中にある王国に触れることができるなら、その王国は顕現します。

(-59:47~)
私たちの大脳皮質にも同じことが当てはまります。同じことが私たちの心や精神にも当てはまります。もし、私たちが自分の中にある理解と思いやりの強力なエネルギーを配分する方法を知っているなら、私たちの日常生活における多くの困難な問題を処理することができます。もし、私たちが評価するのを助けるために、その強力な要素が私たちの生活に浸透することを許さないなら、私たちの日常生活において非常に困難な状況に遭遇するかもしれません。私たちの内面には非常に強力なコンピューターがあります。そして、日常の苦しみ、私たちを苦しめる状況に対処するために、皆さんはそのコンピュータを適切に使用する方法を学ぶ必要があります。

(-58:11~)
仏陀は私たちが実践すること、つまり私たちが八正道に従って生きることを提案しました。そして、もし私たちが仏陀の指示に従い、正見(正しい見方)、正思惟(正しい思考)、正語(正しい発言)、正業(正しい行動)を実践するなら、自分の心の広大な領域を探索でき、これらの素晴らしい力に私たちを救いに来てもらうことができるでしょう。実際は、私たちは限られているというか、自分が自分自身を非常に小さな領域に制限しています。私たちの思考、私たちの見方は、非常に狭いです。それが故に、私たちは仏陀や菩薩よりもはるかに多く苦しむのです。

(-56:46~)
思考について話しましょう。 私たちは常に考え続けています。そして私たちの思考の多くは、あまり肯定的ではありません私たちの多くの思考は、私たちを否定的な思考の犠牲者にしています。あなたが「自分は何の役にも立たない」と言う時、それがその種の思考です。それには、あなたを苦しめる力があります。「私はそれを終わらせることはできない。」「私は瞑想できない。」「私は許すことができない。」「私は絶望している。」「私は決してそれをすることに成功しない。」その種の思考です。または、「彼は私を破壊しないだろう。」 「私は誰からも愛されていない。」この種の思考は、仏陀が正思惟(正しい思考)と呼んだものではありません。そして、この種の思考は現実に一致していません

私たちには、理解する能力と愛する能力があります。そして、私たちは能力がありませんとか、私たちは理解と思いやりの地盤に触れることに慣れていないと言います。ですから、私たちは正思惟(正しい思考)に沿って提案できないのであり、寛大になれないのであり、素晴らしい思考を生み出すことができないのです。仮にあなたの友人があなたを理解していないとしましょう。仮にあなたの兄弟姉妹があなたを理解していないとしましょう。 仮にあなたの先生があなたを愛しておらず、あなたを理解していないと、あなたが考えているとしましょう。すると、あなたはそのような考えを受け入れてしまい、苦しみます。 その思考は現実には全く一致していないかもしれません。そして、あなたはその思考に光を当て続けます。すると、あなたは正思惟(正しい思考)を実践していませんので、同種の他の思考ですぐに抑うつ状態になります。
:引用終わり

(つづく)

(解説)
ティク・ナット・ハンは、「神の王国は私たちの大脳皮質の中にあります。 神の王国は私たちの心の中に見つけ出すことがでいきます。そして、もし私たちが自分の大脳皮質の中、つまり私たちの心の中にある王国に触れることができるなら、その王国は顕現します。」と言いました。神の王国仏陀の浄土、即ち涅槃は、究極の次元、即ち本体の世界にあります。ですから、ティク・ナット・ハンは、究極の次元、即ち本体の世界は、私たちの大脳皮質、即ち歴史的次元、現象界の中にあることを意味したのです。言い換えれば、涅槃は私たちの中、即ち私たちの心(阿頼耶識)の中にあるということです。そして、私たちの心は、大脳皮質だけでなく、全身の各細胞の各素粒子の中にもあると、私は理解しています。

これはまた、本体の世界には時間と空間がありませんので、私たちが時空を超越できることを意味します。この意味で、時間と空間なしでは何も存在できませんので、私たちは物質ではないということです。目覚めた意識だけが時空を超越して、現象界と本体の世界で同時に生きることができますので、むしろ、私たちは目覚めた意識なのです。

Saturday, January 21, 2017

Thinking (6)

Watch deeply the following Thay's Dharma talk video on 'Taking Care of our Thinking'. 
https://www.facebook.com/thichnhathanh/videos/vb.7691064634/10154446854299635/?type=2&theater
The followings are excerpts from the above video.

Quotes:
(from -11:08)
Mindfulness, concentration and insight bring you freedom. The practice of mindfulness helps you live your life. I want to live my life. I don't want to be a victim of my negative thinking, my negative perceptions. And this is possible with the practice of mindfulness. If mindfulness allows us to touch, to recognize the negative things, and to touch the positive things, and if we can open the door of the Kingdom of God in us, and then we can get in touch with many wonders of the Kingdom that are available in our daily life. It is possible for us to walk all day in the Kingdom of GodIt is possible for us to get in touch with the wonders of the Kingdom of God all day. And the door, the key of the Kingdom is there to stay alive, to stay present in the here and the now, and to allow ourselves the time to recognize to get in touch deeply, and not to respond right away, not to react right away in the way we used to do in the past.

(from -8:33)
There are very concrete things that I like to do, that we like to do. And these concrete things may bring us a lot of happiness and freedom. Whenever I walk, I need to walk, as you are walking, in such away that a step can bring me freedom. I don't lose myself in walking. I don't lose myself in the past or in the future, or in my projects while walking. While walking, I want to taste to get in touch with the wonders of life, the wonders of the Kingdom of God.

Those of us who are capable of walking like that, while breathing in the sitting position or standing position, we may breathe in such a way that help us to recognize the fact that we are alive, we are pleasant, we can get in touch with the wonders of life. While eating, we know we are there fully present. It is us who do the eating and not the machine. We are not on automatic piloting. We are on consciousness, on conscious living. We are on mindful living

The greatest success, the most meaningful kind of success you can get is freedom. We have to fight for our freedom. It's not by going somewhere or in the future that we have freedom. It is right in the here and the now that we can get freedom, And the beginning is to stay present, to stay alive to be yourself in every moment. 

It depends on our way of living our life. And freedom is the ground of happiness. And the way of freedom is the way of mindfulness. And mindfulness, the practice of mindfulness as it is presented in Plum Village, is to learn how to live mindfully each moment of our daily life to be always present. And that kind of training should continue if we don't want to fall into the base of the suffering, depression and so on. And as we have a sangha that is practicing mindfulness, mindful living, we are supported by the sangha.
:Unquote

(End)

(My Commentary)
The easiest way to check if we are mindful or not may be to ask a question to oneself, "Can you accept yourself unconditionally without separation?". If you can say "Yes" without hesitation, you are awareness (non-separate self, true self) who is mindful. If you hesitate to say "Yes" right away, you are ego (separate self, fake self) who is not mindful. That's because if we can accept ourselves unconditionally without separation, we have no fear and insecurity. That's why we can stop thinking and return to awareness (non-separate self, true self) automatically.

So, the key is how to attain unconditional self-acceptance, or unconditional self-love. In other words, it is how to understand the root cause of suffering through insight. However, those who have fear and insecurity (ego) can't stop thinking due to the lack of unconditional self-acceptance (self-hatred), so it's not easy for them to be mindful. I wonder how many people are ready to transform themselves from ego to awareness on this planet right now.

(Cf.) http://www.slideshare.net/compassion5151/3-versions-of-oneself

Friday, January 20, 2017

Thinking (5)

Watch deeply the following Thay's Dharma talk video on 'Taking Care of our Thinking'. 
https://www.facebook.com/thichnhathanh/videos/vb.7691064634/10154446854299635/?type=2&theater
The followings are excerpts from the above video.

Quotes:
(from -25:00)
In order to unlock the door of happiness, the door of the Kingdom, the door of compassion and love, we need the key. That key according to the teaching of the Buddha is the triple training of mindfulness, concentration and insight. It is possible to cultivate insight and compassion. The Kingdom of God is the place where we can cultivate, we have a chance to cultivate understanding and compassion. And we may like to do that together with other people well with the same concern and desire. 

When you grow a corn, you have a corn to eat. When you grow a wheat, you have a wheat to eat. When you grow compassion, you have compassion and understanding, the ground of your own peace and freedom and happiness. And in order to grow, cultivate understanding and compassion, you have to be there. Understanding suffering, understanding anger, understanding depression, to be aware of them, to understand them, is very important. Because to be aware of suffering and to understand suffering is the door to penetrate into the domain of happiness. Unless you understand the nature of suffering, the cause of suffering, you see no path leading to transformation of suffering to happiness.

(from -15:01)
Because Right View is the foundation of Right Thinking. What is Right View? Right View is that everyone has suffering. ... But as a practitioner, you don't have to suffer even if the action or the speech of the person is negative and if you are capable of touching compassion, Right View in you. You say, "Well, I have to help him. I don't want to punish him. I want to help him." That is Right Thinking. And Right Thinking makes you feel much much better. It has a positive effect on your health and the health of the world. 

Right Thinking helps you consolidate Right View. And Right Speech also helps you consolidate Right View. And what is Right View? When you are fully present in the here and the now and observe your thoughts, observe your feelings, observe your emotions, you recognize that they are thoughts, they are feelings, they are emotions, and they are not realities. And you are not stuck into it. You retain your freedom. And that is very important. Even if a negative thought or feeling arises, and if you are fully present in the here and the now, and if you remember that your thought is just a thought, is not the reality, that's enough to keep you free and allow your wisdom and compassion to come into action in order to help you. 
:Unquote

(To be continued)

(My Commentary)
I understand that what Thay means by Right Thinking is direct thinking which is directly linked to the senses without passing through feelings and perceptions. In other words, Right Thinking means non-thinking. So, Right Speech and Right Action must be based on Right View (insight) without thinking.

Almost all thoughts except for direct thinking (non-thinking) cause separation, discrimination, or the duality. That's why afflictions arise and people suffer. Thay said that mindfulness, concentration and insight are the key for happiness. I understand that this is because mindfulness is for stopping thinking, and concentration is for attaining insight through deep looking. And that insight (understanding) generates love and compassion which bring about peace, freedom, solidity, joy and happiness. 

(Cf.) https://www.amazon.com/dp/B014NYEP04

The Buddha

Wednesday, January 18, 2017

Thinking (4)

Watch deeply the following Thay's Dharma talk video on 'Taking Care of our Thinking'. 
https://www.facebook.com/thichnhathanh/videos/vb.7691064634/10154446854299635/?type=2&theater
The followings are excerpts from the above video.

Quotes:
(from -33:35)
Within ourselves there is a territory of depression, a territory of hell. And our negative thinking and emotions, they are spinning out from these territories. But we know that in ourselves there is a territory of the Kingdom of God and there is a territory of the Buddha Land. There is a powerful seed of compassion and wisdom in us. And if we give them a chance, they will come in order for us to be rescued. 

They have a power to recognize our thoughts. They have a power to recognize our feelings, our emotions, our perceptions. We don't have to suppress them but we want to have the time and space in order to look at them, to recognize them as they are. This is the basic practice. And in order to do that, we have to stay present to be there in the here and the now. Very often our body is there but our mind is elsewhere. And our children do not feel that we are truly present

If we come to a house, we want to meet someone in the house. You ask, "Is anyone home?" And if someone says, "Yes", and you will be happy. You don't want to go to a house where there is no one. But very often we live ourselves without us. We are not home. We are lost in our thinking, in our worries, in our projects, in our anxiety, in our fear. We are completely lost. We are not there in order to be aware of what is going on. And that is why the practice that is offered to us by the Buddha is not to be on automatic piloting but on conscious breathing, the practice of mindful living. 

If you have a depression, or if you are afraid that you go fall back into a depression, this is the way out. If you can stay present, if you can identify the kind of ill-feeling and thought that are responsible for your depression, and then you can be free. You know that these kinds of thinking, these kinds of feeling, will cause a relapse. And that is the beginning of the healing, the beginning of your freedom

To be there and to be aware of your thinking, of your feeling. The feeling that you get in your body, the feeling that you get when you remember something, you are not afraid.  If you are truly there, you can allow the difficult materials to come for you to recognize before they go. And you can do something in order to invite the wonderful materials to come for you to recognize. And you may like to ask these wonderful materials of the mind to stay with you to help you to possess the documents that you need to process.

The Kingdom of God is not an idea. It is a reality. Every time we are mindful, every time we are concentrated, every time we get a little bit of freedom, and then we can get in touch with the Kingdom of God for our transformation and healing. Of course, hell is there in the present moment but the Kingdom of God is also there in the present moment. And we have to select, we have to choose between the two.
:Unquote

(To be continued)

(My Commentary)
Everything depends on who we are. We can select hell or the Kingdom of God to live in. However, if we are ego, we can't recognize what's going on inside and around us. So, ego lives in hell without knowing that there are options to select. Therefore, we need to return to true self by stopping thinking through the insight of the root cause of the suffering.

(Cf.) http://www.slideshare.net/compassion5151/3-versions-of-oneself

Thich Nhat Hanh

Tuesday, January 17, 2017

Thinking (3)

Watch deeply the following Thay's Dharma talk video on 'Taking Care of our Thinking'. 
https://www.facebook.com/thichnhathanh/videos/vb.7691064634/10154446854299635/?type=2&theater
The followings are excerpts from the above video.

Quotes:
(from -42:15)
We used to allow our mind to chase after the pleasant and to try to avoid the unpleasant. And our thoughts follow the habit, the patterns of thinking. And these patterns follow the principle of running, following, searching for the pleasant, and trying to run away, avoiding the unpleasant. And because of that, we lose all our freedom. Because we are running, we are avoiding, we do not know that we are running after something and we are trying to avoid something. We are carried away by our thoughts, our feelings, our perceptions.

(from -40:30)
Imagine the airplane on automatic piloting. They don't need a person in the airplane. And the plane can go very well to the destination and can do the things that has been asked to do. And there is no man, no human being on a plane. Very often we behave like that. We are on the automatic piloting. We are not there in order to witness what is happening. And the practice that is proposed by the Buddha is to be thereto stay present to be truly aliveWhen you are truly there, truly present, you can be fully alive at the same time. You know what is going on. And you know the value of each thought, of each feeling and of a perception. 

You know that there are territories that has not been discovered within yourself. You don't allow yourself to be carried away. You want to be yourself. You don't want to be on automatic piloting. You want to be there by yourself. And every time there is a thought, there is a feeling that you want to be there in order to control the situation. You don't want to be carried awayYou allow yourself to smile to your thinking, to smile to your feeling, to smile to your emotions. You don't to want to react either way to the thought, to the feeling, to the perceptions. Because that is the habit energy in you that try to push you to respond right away to the feeling, to the emotion, to the thought that has arisen. And this is extremely important

You tell yourself that "Well, this is a thought. This is a feeling. This is emotion. I know they are in me but I am not just the thought, that feelings, that emotions. I am much more than that. I have a treasure of understanding, compassion, love, wisdom in me. I want these elements to come in order to help me to sort out, to solve, to help me to be on the right path."

You give yourself the time to breathe in and out. You don't hurry to react to take action. And why you are breathing in and out? You give a chance to the wonderful, positive element within yourself to intervene. There is a computer within. And the computer has a lot of power and give you know-how to use to make use of these powers. You can transform the situations. You can bring a lot of light, a lot of joy, a lot of compassion into the situation. 

By being there, by not allowing yourself to be carried away to react right away, you give yourself alternative perspective from which you can see things more clearly. You are not in a hurry to react to jump to a conclusion that you have to do this, you have to do that. You just notice. You just become aware of the situation, what is going on, what is manifesting in you and around you. And the practice of mindful breathing, mindful walking allows you to have space. And that space is for the positive element to intervene. You allow the Buddha a chance. You allow the Kingdom of God, of the Buddha in you to have a chance. 
:Unquote

(To be continued)

(My Commentary)
It is ego (separate self) who is carried away by the thoughts, feelings and perceptions. And true self (non-separate self, awareness) who can witness what is happening is covered up by ego. That's why the clue is to release ego for true self to be uncovered. 

The practice of mindful breathing and mindful walking may be effective to have space for the positive element to intervene. But for mindful breathing and mindful walking, it is essential for ego to stop thinking. 

For that, I understand that the only solution is to understand the root cause of suffering through insight. Without that insight, we can never stop thinking. So, mindful breathing and mindful walking sounds easy but is actually very difficult to practice.

I understand that nobody (including the Buddha and Thay) has taught the concrete method to attain insight of the root cause of suffering. Before looking deeply into the suffering, non-thinking must be attained by ego to revive true self. 

If such a concrete method is shared, this planet will change for the better soon. Through my experience, I understand that the key is to be fed up with sufferings and to determine to change oneself. And I understand that true self is God or the Buddha.

(Cf.) http://www.slideshare.net/compassion5151/human-mystery


Thay's calligraphy